第二研究,バークリ批判

『論理学研究』の第二研究.フッサールは三角形一般,赤一般といった普遍的対象(スペチエス Spezies)のことを問題にする.そのなかで三角形一般といった普遍的対象の存在を否定する主張(バークリー,ヒューム)を批判する.

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フッサール幾何学的証明にかんするバークリーの論(『人知原理論』)をとりあげる(§18,§28).
バークリーはいう.三角形について,ある命題が一般に正しいことを証明する場合,一つ一つの三角形について論証することは不可能だ.とすれば三角形の「抽象観念」について論証するほかない.三角形一般にかんする論証において,私がイメージしたり紙に描いたりするある特殊な三角形の特殊性(たとえば二等辺三角形であったり,直角三角形であったり)は,命題の証明のなかで言及されることはない.そうした観念(イメージ)の特殊性は論証にはかかわりない.このように個別具体的な三角形の角や辺にかんする特殊性を無視して,すなわち抽象して考察することにより三角形一般にかんする論証は可能となる.しかし,このことは三角形の抽象的,一般的な,矛盾する観念,ロックがいうような「斜角でも直角でもなく,等辺でも二等辺でも不等辺でもないものであり,かつ,それらのすべてである」ような三角形の一般観念の存在証明にはなりえない.
バークリーやロックは代理機能としての代表象 representation,Repräsentation を想定する.代表象としての記号は,それが表わすものの代理として機能する.バークリーはこの代表機能を,個々の現在する個別観念 präsenten Einzelideen ないし普遍的名辞に帰属させる.この代理機能によりある一つの観念は同じ種に属する観念一般を代表する.
バークリーはいう.ある一つの観念は,それ自体は特殊的だが,同じ種類の他のすべての特殊観念を代表 represent または代理 stand for するものとされることで一般的になる.たとえば幾何学の証明において,紙に描かれた三角形そのものは一つの特殊な三角形であって三角形一般ではない.しかしその三角形は,その他のあらゆる三角形を代表するものとされる:この特殊な三角形について論証されたことは,三角形という種(フッサールのいうスペチエス)にふくまれるあらゆる三角形について,ひいては三角形一般について論証されたことになるのだ.紙に描かれた三角形は三角形一般を代表する represent 記号となっている.

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フッサールは以下の点においてバークリーを批判する(§20,§30)
バークリの論述の根底には「抽象の基盤」と「抽象されたもの」との混同がある.普遍についての思考において(たとえば三角形一般の性質の証明)においてわれわれの眼前におかれる個別客観(たとえば紙に描かれた三角形)を思惟志向の客観 Objekt そのものであるかのように論じている.しかし,数学者は図を視向する(まなざす)が,しかし思考作用によって数学者が思念するのは具体的な図ではなく《直線一般》である.そもそも「物理学的に描かれた図には幾何学的命題は適用されない」「イデア的な幾何学的規定性は描かれた図にはみいだされない」.
そもそも代理とはエージェントが依頼人の仕事を代理人として遂行するといったように,他のものが成す能作を代理・代行するケースについて用いられる.バークリーの見解によれば,ある個別表象は同じクラスの観念のどれもが行う能作を代理・代行する,ということになる.しかしいえるのは「どの個別観念も抽象の基盤として,普遍的意味の直観的な基づけとして同様に立派に役立ちうるだろう」ということだけである.
個別具体的な三角形と,「すべての三角形」「任意の三角形」は,全く別の意味 Sinn で代表象 repräsentatiert されている.すなわち思想的に表象されている gedanklich vorgestellt.「すべてのA」という意識をなす「作用」には個々のAにかんする成分は含まれていない:ある個体Aにかんする特殊的判断をいくら集めても,それは普遍的判断とはならない(「あるカラスが黒い」というケースをいくら集めても,「すべてのカラスが黒い」という判断は成立しないように).
幾何学の証明もそうだ.三角形一般にかんする証明(たとえば「任意の三角形にかんして,その三辺の垂直二等分線の交点は外接円の中心である」という命題の証明)は紙の上やイメージにおいて描かれた個別的な三角形にたいしてなされるのではない.それは普遍者,すなわち一つの作用により思考された三角形一般にたいしておこなわれるのである.まず「この三角形」(それが代理するイデア的三角形)に対してなされ,それから「この三角形」が他の任意の三角形の代理者となる,のではない.
「直線ABは直観的な象徴機能によって一つの類例 ein Exempel を表象する vorstellig.それによって直線一般と言う思想を,直観的に理解するための足場 Anhalt として役立つにすぎない」.

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