チョコレートコスモス

サークルの『チョコレートコスモス』評の原稿が規定文字数を大幅に超えてしまった.ものを言わないでいるのもお腹が膨れてしかたないので原案をこちらへ.

  • -

伝説の映画プロデューサーが手がける演劇のオーディションをめぐって話は展開する.個々のエピソードやキャラクターが生き生きと(劇画的に)描かれているその一方で,「演じる」ことや『自分』というものの成立ちにかんして,ふと手を止めて考えさせられるような,よい意味で軽さと重さを兼ね備えた一作.
小説のなかにはオリジナルのものをふくめ,いくつかの戯曲が登場する(サキ「開いた窓」,テネシー・ウィリアムズ欲望という名の電車』).それらの戯曲が複数のバリエーションによって演じられるさまが描かれる.その多様な「読み」の楽しみ.そして舞台を前にしているかのような(ある種,マンガ的な)描写の迫力.ここに作者の確かな技量を感じる.それだけでも読み応えのある作品である.

二人の女主人公の立ち位置に代表される登場人物配置や話の展開は『ガラスの仮面』(美内すずえ)ととてもよく似ていると感じるが,本作は『ガラスの仮面』に比べて「演技」や「自意識」といった臨床心理ないし精神医学的なテーマにより焦点があてられており,そうした領域に関心のある読者にはより一層楽しめる内容となっている(ただし,それらの領域に造詣が深い読者にとっては既視感を覚えるような内容かもしれない).とりわけ主人公格の少女の性格づけからは山岸涼子の『牧神の午後』で描かれているヴァーツラフ・ニジンスキーを連想する.

作中では主人公の少女のもつ(才能と表裏一体の)欠落が将来もたらすであろう「壁」について暗示される.しかし本作はその点にかんして充分に展開されないままに終わったようだ.読後は拍子抜けの感があった.登場人物の一人のセリフを借りるならば「彼女の壁はどうなったのかね.あれが壁なのかな」という気持ちである.
しかし‘やや甘め’のオチであるがゆえに読後感はよくも悪くも苦味のないもので,まだまだ序章にすぎないような本作には,かえってこのほうがふさわしいのかもしれない.

  • -

なお,恩田陸さんが提示する断片はまことに魅惑的であり,またその展開もすばらしいと感じるのであるが,それだけに,すべての断片たちが収束するピリオドがうたれたとき,違和感や,ともすれば失望をおぼえることが時にある.恩田さんは短編向きの作家なのかもしれない.というよりも短編として中・長編を書いているのかもしれない.読後しばらくして,そのようなことを考えた.

  • -

5段階評価では★4つとせざるをえなかったが,百段階評価では90点.