人物

中世哲学マップ(3)

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(A)教父哲学
(1)初期教父時代
(a)東方教父
ユスティノス:プラトニズム,ストア哲学などの諸真理(種子的ロゴス)がキリスト(ロゴス自体)に転位総括される地平を見出す.『ユダヤ人トリュフォンとの対話』
アレクサンドリアのクレメンス:種子的ロゴス説の展開.あらゆる真理を包括するロゴスとしてのキリスト.
オリゲネス:真理を包括するキリストを,万物回復(アポカタスタシス)に向かう摂理の歴史哲学という面において考察.
(b)西方ラテン教父
エイレナイオス:「根拠は質料さえ自己現成の善き場とする」と受肉の本質を説く.グノーシス主義(ロゴスの受肉の否定,精神と物質の善悪二元論をとる)を反駁.
(c)ニケア公会議:父と子との同一本質説 homoousios の宣言
アタナシオス:子の受肉にもとづく人間の根拠への与りと神化の可能性(帰郷)を説く.
アレイオス:子たる言・ロゴスは父と類似の被造物でしかない( → 根拠への帰郷は不可能)【 → アリウス派へ】

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(2)盛期教父時代
(a)東方教父
ニュッサのグレゴリウス:カッパドキア三教父の一人.根拠の非形相性(存在論的無限性)と善・愛を強調;徳 = その根拠に無限に与ってゆく人間の愛知の脱自的充実(エペクタシス)と規定 → 存在・認識・徳を形相的限定によって追及する哲学の超克,動的な根拠への帰郷の哲学を説く.三位一体的根拠への与りとしての帰郷,単独者の道をせりだした,人間の円いとしての共同体的帰郷.

(b)ラテン教父
アウグスティヌスプロティノスの帰郷の哲学を,受肉した( = 質料(非合理)をも包接する)ロゴスによる帰郷の哲学に転換( → 西洋哲学史におけるモデルに).回心の体験(アウグスティヌス自らの知と愛(自由意志)はロゴスへの信と恩恵によって根拠に帰郷した)にもとづく照明論,時間論  / 歴史哲学:歴史は悪にみちる.それは根拠の国現成の積極的場である / 三位一体としての根拠【神】:根拠は人間精神の知と愛の働きの根底においてふれられ,また人間と交流をもとめる.

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(3)晩期教父時代
(a)西方教父
ベネディクトゥス:ベネディクト会の設立,「祈りかつ働け」 ora et labora
ボエティウスアリストテレスの論理学の一部(範疇論,命題論)のラテン語訳を伝える.「存在」と「在るところのもの」の区別,ペルソナの定義(理性的本性をもつ個別的実体 rationalis naturae individua substantia)『ペルソナと2つの本性について』 → スコラ学の先駆
(b)東方教父
ディオニュシオス:9世紀にスコトゥス・エウリゲナらによるラテン語訳を介して西方に新プラトン主義的キリスト教哲学者として紹介される → 中世哲学のプラトン化に関与.

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(B)スコラ哲学
(1)初期スコラ哲学
アルクィヌス:シャルル大帝の宮廷学校におけるカロリング・ルネサンス.自由学芸七科 artes liberales :3学(文法,修辞,弁証論)4科(算術,幾何,音楽,天文)).キリスト教的知恵の理念 → ギリシアヘブライキリスト教の調和.
エウリゲナ:『自然区分論』;根拠たる自然は(1)創造し創造されぬ自然(無たる根拠)から(2)創造され創造する自然(諸イデア)を通じて(3)創造され創造しない自然(宇宙自然)へと展開し(4)創造せず創造されない自然(目的たる根拠)へと還帰する.このパノラマの中心には人間の言(ロゴス)にたいする観想による帰郷がある.

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(2)中期スコラ哲学
(a)普遍論争
アンセルムス(カンタベリーのアンセルムス):実在論の代表者.「スコラ学の父」.(1)普遍は個体の中にある in re (概念実在論.普遍は個体のなかに分割されてある) / (2)「知解を求める信」により弁証論と信愛の哲学を止揚・統合.神の存在証明 → 精神の自己超越による帰郷の思索

ロスケリヌス:唯名論創始者.アベラールの師.普遍は個体の後にある post rem(普遍は音声の風 flatus vocis).三位一体ではなく三神論を主張するに至った.

アベラルドゥス(アベラール):概念論;極端な唯名論をやや緩和して,普遍とは有意味な語たる〈ことば sermo〉ないし〈名辞 nomen〉がさし示す意味であり,〈個物の一般的な漠然たる印象〉がこれに対応すると考えた(普遍的本質(概念)は現実世界にではなく神の考えのなかに実在する).

(b)その他
ベルナルドゥス:シトー会修道士,蜜流るる博士.弁証論よりも十字架の謙遜を学び,意志・愛を通して根拠へ帰郷する道を説く.

ペトロス・ロンバルドゥス:『命題論集』の提示;神,被造物,受肉と救い,秘蹟と四終(死,審判,天国,地獄)の構成による帰郷の道のスコラ的提示.

シャルトル学派プラトンの『テイマイオス』研究 → 宇宙論・自然哲学を展開,外面的帰郷に着目 / 実在論:普遍は個体の本性に基礎をもつ(比較や抽象という知性の作用によって普遍概念が形成される)

サン・ヴィクトゥル学派:神秘思想・霊魂論に傾注 → 内面的帰郷を探究.

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(3)盛期スコラ哲学
(a)托鉢修道会
フランシスコ会:意志や愛により根拠へ.ボナヴェントラ,スコトゥス,オッカム,R.ベーコンらを輩出.
ドミニコ会:真理と知性により根拠へ.大アルベルトゥス(共通博士),トマス,エックハルトらを輩出.

(b)トマス以前
ボナヴェントラ:範型説(いっさいが根拠の痕跡),照明説(この根拠に照らされて真理は知られる) → 人間霊魂の浄化・照明・完成による根拠への意志的帰郷の構造の提示

アルベルトゥス(アルベルトゥス・マグヌス):共通(全科)博士 doctor universalis.存命中すでにアリストテレス,アヴィケンナ(イブン・シーナー),アヴェロエス(イブン・ルシュド)と並ぶ権威ある著作家とみなされた.トマスの師.

トマス・アクィナス:大アルベルトゥスに師事.アリストテレス哲学とプラトン的分有説との調和 → 理性と信仰による帰郷を『神学大全』で体系的に示す.根拠(神) = 純粋現実態であり,根拠は「存在の類比」により諸存在者と統一的世界をつくる.「恩恵は自然を完成する」 → 信仰と理性の調和的テーゼ(理性は真理による存在理解を通じてその統一に参入できる.人は恩恵により倫理徳,対神徳の完成を通じてその光景の根拠【神】に回帰・到達しうる).

(c)トマス以後
ドゥンス・スコトゥス:精妙博士.信愛と認識の次元の区別( → フランシスコ会的哲学の再構築の試み.厳密な学としての哲学(原理からの必然的論証,理性のおよぶ領域の画定 → 認識はそれ自体で形相性をもつ個物から出発する),存在の一義性(被造物と神とに述定される存在の一義性),神の「無限性」,実践学としての神学(神学は思弁ではない.人間的行為を規制するものだ)

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(4)晩期スコラ哲学
ウィリアム・オッカム:オッカムのかみそり(従来の認識媒体(形相,スペキエス)を「余計なもの」としてそり落とす).理性と信仰のトマス的結合の解体 → 「根拠【神】は偶然的個体把握に根ざす理性を超絶する」 → 人間理性が事物の本質の把握により超越的世界へと脱自する道すじを遮断し,感覚的個体の相互関係に注目する傾向をまねく.(1)感覚的個体の相互関係の実験的連絡,数量化 → 理性は近代自然科学へ.(2)根拠への帰郷は信仰のみによる → 信仰は宗教改革の理念へ.

エックハルト(1260‐1328):ドミニコ会士.中世最大の神秘家.Meister Eckhart.霊魂のなかでの神の子の誕生を説く:(1)自己無化:知性によっていっさいの表象像,志向的対象を突破する → (2)まったき砂漠・一 einöde としての神:自己無化において根拠・神はまったき砂漠・一としてのみ語られる(表象でも「存在」でもない;「"主辞"がある」というときすでに2である.(3)自由そのものの人間:一において神と霊魂は働きの一を実現している.人間は「何故なしに」働き神の子として自由そのものである. → ドミニコ会的な哲学の再構築(知性による人間の自己超越と信仰の体験との統合),ドイツ神秘主義

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関連:ドイツ神秘主義
ライン川流域の神秘家:タウラー,ゾイゼ,ロイスブルーク
ニコラス・クザーヌス(1401-1464)(ニコラウス・クサヌス,クサのニコラウス):幾何学的表象をもちいて無限者を「対立物の一致」coincidentia oppositorum とする;有限者においては存在と本質の区別をはじめ,さまざまの区別や対立が見いだされるが,無限なる神においてそれらはすべて一致する.また人間理性は有限者から出発して,そこで反映されている無限者の認識に近づくのであるが,すべての比例を超越する神を把握することは決してできない.しかし,この無知は単なる無知ではなく,神へと近づくにつれて深まる無知すなわち「知ある無知」docta ignorantia である.
ヤコブベーメ(1575〜1624):ドイツの神秘主義思想家.神が本質を現すには否定的な悪が必要とする → シェリングヘーゲルらに影響.