『知の構築とその呪縛』の解説

ちくま学芸文庫版の解説(野家啓一「「物活論」の復権」)のまとめ.【 】内はまとめというより解釈など.

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『知の構築とその呪縛』は,「主観的」「客観的」という常識的な二分法が歴史的な経緯から生まれた虚構であることを明らかにし,その区分にもとづく二元論的世界観を打ち砕くことを試みる;本書においては客観的な「物」と主観的な「心」の世界とを分離・分割するモノの見方【自然科学的とされる世界観】が批判され,その批判のためにガリレイデカルトの思考が検討される.
16-17世紀の「科学革命」の時期,ガリレイデカルトに代表される人々によって以下の2つの変革がなされた.

(A)「略画的世界観」から「密画的世界観」への転換
(B)客観的な「物」の世界と主観的な「心」の世界との分離・分割による「自然の死物化」

【この延長線上に今日のいわゆる科学的なモノの見方がある】
近・現代科学は(A)の転換によって成立した.一方,(B)の物・心の二元論は科学にとって必然ではない.ガリレイデカルトは科学的探究の対象である自然的世界から「心」を放逐して世界を「死物化」した.これが彼らの誤謬である【そして,この誤謬のうえに現代の科学観・科学的世界観がある.】.

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(A)に関して:
「略画的世界観」とは近代科学成立以前の物の見方,今日では非科学的・呪術的・擬人的・アニミズム的とされる世界観である.それは「目的-因果の混合溶融として出来事をみる」(p.30)思考態度であり「人間と自然との連続性・同体性」(p.52)を基盤とする世界観である.
16-17世紀の科学革命において,望遠鏡の発明とガリレイの天才により世界観の密画化がなされた;巨視的な略画描法に代わり,微視的な「細密化」を指向する密画描法によってモノゴトの認識がなされるようになった.
密画描法は細密な世界描写を目指す.それはたとえば【空間の3次元および時間軸をとって】(x,y,z,t)の4次元時空点の細密描写(「点描法」(p.181))による時間空間の描写となる.
【このような密画描法により「密画的世界観」が描かれ,それは近現代の世界観となった.それゆえ】「略画的世界観」は近代では駆逐された.しかし,そのことは「略画的世界観」が科学において「不要」になったということであり,それが「誤って」いるわけではない.
なお,点描法の手段としては数学を用いた数値的表現が適している.そのため細密描写の手段には数学化・数量化がさかんに用いられる.しかし「数量化や数学化は,単に細密描写の手段なのであってそれ自身が目的ではない」(p.86).それゆえ密画化のプロセスを「自然の数量化・数学化」【すなわち質の捨象】として特徴づけ,それを批判するフッサールの論の立て方は誤りである【この点については後述】.

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(B)に関して:
「科学革命」から現代にいたる「自然の死物化」を決定づけたのは,ガリレイデカルトによって対象的世界から感覚的性質が剥離されたことである.その根底には以下のような誤解がある(p.127):

(1)世界の究極の細密描写は幾何学的・運動学的描写である.そしてそれが世界の「客観的」描写である.
(2)それに対して,色,音,匂い,手触り等の描写は客観的世界そのものの描写ではなく,それが個々の人間の意識に映じた「主観的」世界像の描写である.

この誤解のうえに,物と心,精神と身体,主観と客観といった二元論的世界像が築かれた.それにより【密画描法による近代科学の成果と並行して】 「感覚的性質の主観への閉じ込め」がなされ,世界は「幾何学的形状と運動変化」【(x,y,z,t)の4次元時空点の細密描写に適した】があるだけの死物化した世界とされるようになった.死物化は感覚の主体【感覚的性質をそなえた主観】とされる人間身体のなかにまで及び,分子生物学【これは密画描法の成果である】の‘虎の威’を借りた人間機械論が成立する.
近代科学は略画 → 密画への転換のうえに成立する【密画化は,たとえば肉眼 → 光学顕微鏡 → 電子顕微鏡といった‘描写’機器の精密化によって可能となるだろう】.密画化は死物化とイコールではない.それゆえ「死物化」を近現代科学の本質とすること,主観と客観の二元論をとり略画的感性の廃棄こそが「科学的」態度であるとすること【「死物化」した世界描写 = 科学的・客観的・合理的世界観,という考え方】は誤りなのである.

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