餅は餅屋

近年,統合失調症は軽症化の傾向にあるらしい.すくなくとも臨床に携わっている方々の印象としては確かなことらしい.一つには薬物療法などの進歩がその理由かもしれない.しかし,それだけでは,そもそも精神科を受診するときの状態像そのものが軽症化していることは説明しがたいとのこと.
統合失調症の中核的な障害は「自我」の障害,とりわけ自己と他者との境界が機能不全に陥ることにある.確たる「自我」や「自己」を持つことが重視された近代においてそれは耐え難い苦痛として体験された.一方,そのような傾向が薄らいだ現代においては,「自我」や「自己」の境界があいまいな状態が強烈な苦痛や不安を伴うものとして体験されることもないのではないか.このようなことが講師の個人的見解として述べられた【さして説得力は感じないが,たとえば多重人格が1960〜70年代以前においてはほとんど報告されなかったことなどと考え合わせると興味ぶかい】【そしてまた,この傾向が進んでゆけば,自我と他者との境界の不全という事態にたいして恐怖や不安をもって反応することもなくなり,そうした体験をもつ人もそれなりに社会のなかで生きてゆけるようになって,やがては教科書に書かれているような統合失調症という疾患は次第に雲散霧消してゆくのかもしれない,とのことだった】

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脳クラブの部長との雑談のなかで,精神科が話題になる.曰く,精神科の治療なるものが想像し難いのだという.幻覚や妄想といった異常な体験を聴取することでそれらを整理する手助けをするといったことが精神科の治療だというのなら,それをやることに内科や外科などの知識は必要ないだろう.ならば,そうした行為は医者ではなく,それこそカウンセラーなどが受けもつことではないのか.それなのに精神科の医者というものが必要とされている,その理由がわからない.おおむねこうしたことが述べられた.
その場ではシドロモドロの返答しかできなかった.あらためて考えてみれば以下のようになるだろう:精神科の治療はたんなる精神療法的な関与だけではない.いまの精神科の診療では薬物療法が大きな重要性をもつ.診断や鑑別のためには髄液や脳波,MRIなどの画像所見をみるスキルが求められる.また精神科救急や老年精神医学などの領域では臨床心理学的なスキルのみならず,いわゆる医学のスキルが不可欠であるだろう.昨今の状況において精神科の業務を「医者」がうけもつことの意義はこうした点にあるのではないか.
――このように考えてはみるのだけれども釈然としない.一つには脳クラブ部長の疑問が以前に自分が抱いていた疑問と似たものであることにもよるだろう【中学生や高校生のころは精神科医になるためには医学部に行かなければならないことも知らなかった.というよりも精神科医とカウンセラーの違いも知らなかった.なんだか保健室の先生(養護教諭)は医者であると思いこんでいたことを思い出します.そういえば養護教諭養護学校教諭の区別もついていなかった】.もう一つには,精神療法的な関与こそがほんとうに精神科的な医療行為であると感じていることによるだろう.

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先日,学祭のバザーで『救急現場における観察と対処のポイント』という本を買った.ポケットサイズの薄い本で表紙には「救急救命士必携」と記されている.これくらいなら学生の身にあっても気軽に読めるにちがいない,とたかをくくって読んだところ,予想を遥かに越えた内容で驚いた【そして期待通りに各科別の教科書ではバラバラに書いてある内容が一括してかつコンパクトにまとめられてあり,うれしかった】.もしかすると医師のなかでも書かれている内容を精確に実践できる人はそういないのではないかと感じた(救急を専門にされておられる方は別として).

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